1963年(昭和38年)、東京オリンピックを翌年に控え高度経済成長の真っ只中にある市民社会は、秩序の破壊者である暴力団に非難の目を向け始めていた。しかし広能昌三の山守組破門に端を発した広能組・打本会の連合と山守組との抗争は、神戸を拠点に覇を争う2大広域暴力団・明石組と神和会の代理戦争の様相を呈し、激化の一途を辿っていた。

当時アパルトヘイト政策を掲げる南アフリカにおいて、解放運動の象徴的存在ソロモン・マシャング。その身を自由への闘争にささげた若き戦士の激動の人生を描く。