一度は子どもを持つことを諦めた栗原清和と佐都子の夫婦は「特別養子縁組」というシステムを知り、男の子を迎え入れる。それから 6年、夫婦は朝斗と名付けた息子の成長を見守る幸せな日々を送っていた。ところが突然、朝斗の産みの母親“片倉ひかり”を名乗る女性から、「子どもを返してほしいんです。それが駄目ならお金をください」という電話がかかってくる。当時14歳だったひかりとは一度だけ会ったが、生まれた子どもへの手紙を佐都子に託す、心優しい少女だった。渦巻く疑問の中、訪ねて来た若い女には、あの日のひかりの面影は微塵もなかった。いったい、彼女は何者なのか、何が目的なのか──?
大学生の恒夫は、ある朝バイト先の麻雀店から帰る途中、老婆の手を離れて坂道を転げ落ちてくる乳母車と遭遇。その乳母車の中にはひとりの少女が身を隠していた。足が不自由で歩けない彼女は、ときどき祖母に乳母車を押してもらっては気ままな散歩を楽しんでいたのだった。恒夫は、愛読書であるフランソワーズ・サガンの小説のヒロインの名から、自分のことをジョゼと称する風変わりな彼女に、少しずつ心惹かれるようになる。